| 漁師の町大王町波切には、古来よりかつお節づくりの技が伝承されてきました。
縁起物として喜ばれる”亀節”を主流とした本格的なかつお節は、
「波切節」の名で知られています。
波切節の発祥については定かではありませんが、文政5年
(1822)作の「諸国鰹節番附表」に、すでに行司役として
「志摩 波切節」の名が記されており、これ以前から鰹節づくりが
行われていたのは確実と考えられています。
波切の人は器用で、あちこちで出稼ぎというのか、
あちこちで技術指導をしていたようです。
鰹節職人も、南は鹿児島から北は仙台まで、点々と渡って
指導をしていき、それで行司役に選ばれたようです。 |